JEPX 東京 月次価格の回帰分析 — 何がどれだけ説明するか
電力卸価格は何で決まるのか。電力市場では、需給バランス、燃料コスト、気温、過去の価格の慣性 — さまざまな要因が絡む。米 Yes Energy 社は、JEPX 価格の日次回帰モデルを係数・T値・決定係数 R² 付きで毎月公開し、業界の標準的な分析フレームの 1 つになっている。
ここでは同型のアプローチを、我々の月次データで再現可能な教材として書く。係数も R² もすべて開示し、誰でも同じ計算を自宅で再現できる状態にする。過去データの当てはまり(in-sample fit)を見る編集物であって、未来の価格を予測するものではない(取引判断には使わないでください)。
1. 使う変数とソース
| 変数 | 役割 | 集計単位 | カタログ系列 |
|---|---|---|---|
| JEPX 東京 スポット価格(円/kWh) | 被説明変数 | 月平均(日次から集計) | jepx-spot-tokyo |
| 残余系統需要(GWh) | 説明変数 | 月次(需要 − 太陽光 − 風力) | meti-demand-total − meti-gen-solar − meti-gen-wind |
| 円建て LNG(円/MMBtu) | 説明変数 | 月次(LNG × USD/JPY) | fuel-lng-jp-cif × fx-usdjpy-monthly-avg |
| 東京 月平均気温(℃) | 説明変数 | 月平均(日次から集計) | jma-temp-avg-tokyo |
| 前月 JEPX 月平均(円/kWh) | 説明変数(持続効果) | 月次(1 ヶ月ラグ) | jepx-spot-tokyo(lag1) |
各チャートは独立した y 軸で、出典・as-of 日付・ライセンスを figcaption に明示している。残余系統需要(需要 − 太陽光 − 風力)と円建て LNG(ドル建て LNG × USD/JPY)は上の素材系列から計算する派生量で、回帰の入力にはこの加工後の値を用いる。
2. 回帰モデル
YES Energy が公開している業界モデルにならい、被説明変数を 対数にして弾力性(elasticity)として読めるよう構成する:
ln(JEPX_t) = α
+ β₁·ln(残余需要_t)
+ β₂·ln(円建てLNG_t)
+ β₃·気温_t
+ β₄·ln(JEPX_{t-1})
+ ε_t
- 残余需要・円建て LNG・前月 JEPX は対数(弾力性として解釈)
- 気温だけ線形(係数 = 1℃ 上昇あたりの対数価格変化)
- t は月次。期間は 2022-05〜2025-12 の 44 ヶ月(METI 需要総量の確報範囲に律速)
3. 結果(実データの当てはまり)
実際に上のモデルを我々の catalog データで OLS(最小二乗)で fit した結果:
| 変数 | 係数 | 標準誤差 (SE) | t 値 | |---|---:|---:|---:| | 切片 (α) | 0.625 | 2.374 | 0.26 | | ln(残余系統需要) | −0.188 | 0.175 | −1.07 | | ln(円建てLNG) | 0.231 | 0.225 | 1.03 | | 気温 (℃) | 0.0093 | 0.0023 | 4.01 | | ln(JEPX_lag1) | 0.823 | 0.121 | 6.78 |
- 観測数 n = 44(月次、2022-05 〜 2025-12)
- 決定係数 R² = 0.883、自由度調整済 R² = 0.872
- 参考:前月価格のみ(持続予測) R² = 0.834
4. 読み取り
数字だけでは伝わらないので、3 つだけ覚えて帰ってもらう読み方を整理する。
4.1 R² が高い ≠ モデルが優れている
R² = 0.88 は一見素晴らしい当てはまりだが、前月価格 1 変数だけのモデルでも R² = 0.834 に達する。残り 4 変数を足して増えた R² は +0.049 pt にすぎない。「何でも前月と似ている」という時系列の慣性が説明力の大半を占めるのは、月次データではよくある現象である。R² の絶対値より、追加変数で R² がどれだけ伸びたかを見るのが正しい。
4.2 統計的に効いているのは「気温」と「前月価格」
t 値の絶対値が 2 を超えると、その係数は統計的に有意(95% 信頼水準で偶然ではない)と判断するのが標準。本モデルでは:
- 前月 JEPX(t = 6.78):圧倒的に強い。月次の価格は前月にほぼ引っ張られる。
- 気温(t = 4.01):1℃ 上がると ln(JEPX) が +0.0093、つまり価格が約 0.93% 上昇。夏の冷房・冬の暖房需要を反映。
- 残余需要(t = −1.07)と 円建て LNG(t = 1.03):統計的には有意でない(t が 2 未満)。理由は ①n=44 と観測数が少ない ②前月価格に多くの情報が吸収されてしまう(多重共線性)③円建て LNG はそもそも前月価格と同方向に動きやすい、など。
4.3 これは未来予測ではない
このモデルは過去 44 ヶ月のデータでの当てはまり(in-sample fit)を示しているに過ぎない。「来月の JEPX を予測する」用途には使えない:
- 観測数が少ない、変数間に多重共線性、構造変化(原発再稼働・燃料費調整制度の改定など)への頑健性が未確認。
- 未来の予測精度(out-of-sample accuracy)は別途、時系列を分けた検証が必要。
- 取引判断や投資判断には、専門家による精緻な日次・時間次モデル(Yes Energy のようなプロのプラットフォーム)と複数シナリオの検討が必要です。本記事はその下地となる「方法論を読む力」を養うための教材です。
5. 教材としての位置づけ
EIC Data は商用予測サービスを提供しません。代わりに、業界モデルがどう構成されているかを透明に開示し、誰でも同じ計算を再現できる状態を作ることを引用インフラの第 3 層「方法論ライブラリ」と位置づけています。本記事はその第 1 弾。
- すべての入力データは catalog の csv_path から直接取得可能(CC BY 4.0 / 各系列規約に従う)
- 計算式・係数・統計量・期間・観測数を完全開示
- Yes Energy 社の業界モデルへの敬意と、それを公共財として読者に渡す立場
今後の Phase 3-A 続編として:
- 同じデータで気温感度分析(1℃ ぶれたら価格がどう動くか)
- 休日・特異日(盆 / 年末年始 / GW)の需要パターン Insight
- 持続予測の誤差ヒストリー(単純モデルの精度ベンチマーク)
- 用語集に
r-squared/residual-demand/regression-coefficient/persistence-forecastを追加
を順次配置予定。
関連 Insight
- 円安 × LNG × JEPX:価格上振れの要因分解 → 同じ JEPX 東京 + 円建て LNG を加法 3 要因分解で見た姉妹編(#13)
- 日本の電源構成この 8 年 → 同じ電力ドメインで、価格でなく電源別シェアの時系列を追う(#69)
- 電力の "休んでいる日" → 同じ JEPX 東京を回帰でなく休日窓(GW / 盆 / 年末年始)の需要パターンで読む方法論ライブラリ Day 2 の姉妹編(#71)
- 予測の "下限ベンチマーク" → 同じ JEPX 東京を out-of-sample の単純ベースライン(持続予測 MAPE 11.94%)で評価する方法論ライブラリ Day 3。本記事の in-sample fit(R²=0.834)と表裏一体(#72)
6. 出典・規約
- JEPX スポット価格:JEPX 公表値、
jepx-terms準拠(出典明記で再利用可) - METI 発電・需要:経済産業省 電力調査統計、
meti-terms準拠 - 気象庁 気温:
jma-terms準拠 - LNG:World Bank Pink Sheet(CC BY 4.0)
- USD/JPY:日本銀行 FM08(
boj-terms、出典明記必須) - 編集物(本記事の解説・回帰結果の表):CC BY 4.0(EIC Data)
構成系列: jepx-spot-tokyo / meti-demand-total(− meti-gen-solar − meti-gen-wind)/ fuel-lng-jp-cif(× fx-usdjpy-monthly-avg)/ jma-temp-avg-tokyo /レンダラ: ChartLine ×4、回帰結果は markdown 表で透明開示
編集物著作権: EIC Data (CC BY 4.0)
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License: CC BY 4.0 / accessed_at は自動補完@misc{eic-data-jepx-tokyo-monthly-regression,
title = {JEPX 東京 月次価格の回帰分析 — 何がどれだけ説明するか (jepx-tokyo-monthly-regression)},
author = {EIC Data (一般社団法人エネルギー情報センター)},
year = {2026},
url = {https://data.eic-jp.org/insight/jepx-tokyo-monthly-regression},
note = {Accessed: 2026-06-04; License: CC BY 4.0},
publisher = {EIC Data}
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